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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)528号 判決 1963年2月18日

判   決

千葉県柏市曙町二八二番地

原告

宇野初江

右訴訟代理人弁護士

沢田喜道

加藤真

東京都千代田区神田松住町四番地

被告

宝電機株式会社

右代表者代表取締役

古沢福松

東京都文京区駒込東片町一六一番地

被告

吉福好太郎

右両名訴訟代理人弁護士

近藤航一郎

土屋公献

右当事者間の損害賠償請求訴訟事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

被告らは各自、原告に対し金八万円及びこれに対する昭和三七年二月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自、原告に対し金一一七、五九〇円及びこれに対する昭和三七年二月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  昭和三六年一〇月一七日午後五時三〇分ころ、千代田区神田末広町四七番地先道路において、被告吉福運転の第一種原動機付自転車(車両番号千代田一、五一九号、以下被告車という。)と原告とが衝突し、よつて、原告は、左第一〇肋骨不全骨折、左肺骨不全骨折及び腰部打撲の傷害を受けた。(以下省略)

理由

一  昭和三六年一〇月一七日午後五時三〇分ころ、千代田区神田末広町四七番地先道路において、被告吉福運転の被告車と原告とが衝突したことは当事者間に争いがなく、(証拠―省略)によると、右衝突によつて、原告は、左第九、一一肋骨々折、左下腿、足背打撲、第五腰椎分離症の傷害を受けたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二  (証拠―省略)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故の発生した道路は、東方の末広町交差点方面から、西方の妻恋坂方面に通じる一直線の道路で、車道の幅員は、一八米であり、その両側に幅員各四・五米の歩道があること、原告と被告車との衝突地点は、右末広町交差点から約五〇米西方の車道上で、ほとんど南側の歩道との境に接する場所であること、原告は、この車道を北側から南側に半ば以上を容易に横断したころ、南側の歩道との境から二、三米の間隔を置いて原告の左前方に停車した自動車があつたこと、原告は、この自動車の前方を横断できるかどうかためらつていると、その運転台から運転者が早く渡るよう手で合図されたのでその前を早足で通過したこと、原告は、被告車と衝突するまでこれを全く認識していなかつたこと、被告吉福は、被告車を運転して東方の末広町交差点の東から直進し、南側歩道との境から約一米位の間隔をおいて時速約二五粁の速度で衝突地点に差しかかつたのであるが、被告車は、衝突地点の手前三、八米の地点から僅かに左方に曲り、より南側の歩道寄りの衝突地点に達したこと、これは、原告を発見した地点と原告との距離が余りに近かつたため、徐行したり警音器を鳴らしたりするいとまがなく、発見と同時に急停車の処置をとり、前後輪のブレーキを同時にかけたためハンドルが左にとられたからであること、衝突は、先ず被告車の前輪附近が原告の左足に接触したため原告がその場に俯伏せに倒れ、その上に被告車が横軽したものであること、及びその結果原告は前示のような傷害を受けたが被告車には何らの損傷もなかつたことが認められる。この認定に反する被告吉福本人の供述部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、被告車が衝突地点の三、八米手前からより南側の歩道寄りに曲つて進行していることは、同所において被告吉福が施した前後輪のブレーキが作動し、制動効果が現われたことを意味するけれども、それは、同所において同被告が初めて原告を認めたことを意味するものではない。蓋し、同所において被告車のブレーキが作動し、制動効果を生ずるためには、当然その前に同被告が危険を感じて急制動を施すために要するいわゆる反応時間がなければならず、その間に前示速度で進行中の被告車は優に数米は前進していなければならないからである。したがつて、同被告が原告をその三、八米手前で発見した旨の甲第一号証及び同第三号証の各記載部分は採用できず、かえつて、同被告は、原告を少くともその一〇米近く手前の位置で発見したものと推認することができるのである。また、被告車が末広町交差点をその東方から直進してきている事実及び、原告の左前方に停車した自動車の運転者が早く渡るよう原告に合図した事実(この事実は、具体性があつて措信できるが、この自動車が同所から約七、八十米西方にある交差点の信号によつて停車していたものである趣旨の原告の供述部分は、被告吉福本人の供述によると西方の交差点の信号まで同所から約二〇〇米離れていることが窺知できるし、信号待ちで停止している自動車の運転者が早く渡るよう合図するというのも不合理であるから採用できない。)等によつて、原告は東方の末広町交差点の信号が赤に変り車両の流れが止つてから道路を横断し始めた旨の原告本人の供述及び甲第二号証の記載部分は採用しがたいけれども、原告が容易に前示幅員の車道を半ば以上横断し、南側の歩道寄りの場所に停車した自動車の手前に至つて初めてその前を横断できるかどうかと躊躇した事実は、少くとも、本件事故の発生する直前の現場附近における車両の交通が、被告らの主張する程ふくそうしたものでもなく、また、被告車が他の車両によつて取り囲まれ、道路中央附近に佇立する歩行者を認識できないような状況でもなかつたことが推認できるのである。被告らは、被告車が他の車両によつて取り囲まれた状況で進行中本件事故が発生した旨主張し、これに符合する被告吉福本人の供述部分もあるけれども、そのような状況下の車道を横断することは、いわば自殺的な行為で誰しも行わないであろうと考えられるから、右供述部分は措信しがたく、被告らの主張は採用しえない。更に右認定の状況の下では、被告吉福は、もつと早期に道路を横断中の原告を発見できた筈であり、少くとも、原告に自車の前方を横断すべきことをすすめた自動車が、被告車と同方向に進行中その右前方で停止した事実を認識しえた筈であつたといわなければならず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

およそ、車両の運転者は、絶えず前方及び左右を注視し、その進路を横断しようとする歩行者をできるだけ早期に発見し、その動静に留意すべきことはもちろんであるが、同方向に進行する他の自動車が前方で停車したときは、その蔭から歩行者が自車の進路上に現われることがままあることに留意しいつでも急停車できるよう減速し、又は警音器を鳴らして自車の進行を歩行者に認識させる等して事故の発生を未然に防止すべき義務がある。運転者がこの義務を怠るときは、本件のような衝突事故が発生するであろうことは、運転者としてなすべき注意を怠らなかつたならば当然知ることができた筈である。しかるに、被告吉福は、本件事故現場に差しかかつた際この前方注視義務を怠つて前示速度で漫然と進行したため、横断中の原告及びその左前方で停車した自動車を発見することができず、前示のように自動車の蔭から被告車の進路上に早足で現われた原告を僅か一〇米足らずの距離で発見し、警音器を鳴らすいとまもなく、急制動の措置をとつたためハンドルが左に取られ、南側の歩道に達する寸前の原告に衝突したものであるから、本件事故の発生は、同被告の過失がその一因となつていることは明白であるといわなければならない。

三  被告会社がその事業のために被告吉福を使用し、本件事故が被告会社の事業の執行中に生じたものであることは、当事者間に争いがない。被告会社は、被告吉福の選任及び事業の監督について注意を怠らなかつた旨抗争し、これに符合する被告吉福本人の供述部分があるけれども、これだけでは未だ被告会社の右の主張を認めるには不十分であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。してみると、被告会社及び被告吉福は、連帯して、本件事故の発生によつて原告が受けた後記の損害を賠償すべき責を免れることはできない。

四  (証拠―省略) を総合すると、

1  原告は、昭和三六年一〇月一七日本件事故によつて前示の傷害を受け、直ちに千代田区神田駿河台四丁目二番地の名倉病院に入院したが、(イ)同年一一月二二日までの入院料金三万円、(ロ)右期間中の病院の暖房料金六六〇円、(ハ)初診料金四〇〇円、(ニ)処置料金一、一五〇円、(ホ)水薬料金二一〇円、(ヘ)ザルプロ料金三〇〇円、(ト)エツクス線料金三、八〇〇円、(チ)熱気浴料金七五〇円、(リ)看護補助者に対する給料等合計金二六、三二〇円及び(ヌ)コルセツト代金六、五〇〇円、以上合計金七〇、〇九〇円の支払を余儀なくされ、当時右費用を原告のため立替支払つた訴外神林錬に対し、同額の債務を負担して損害を蒙つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

2  原告は、本件事故発生当時、訴外神林錬方に家事手伝として住み込みで勤務し、一カ月少くとも金一一、〇〇〇円の収入を得ていたものであるが(原告に対する給与支払の関係では、原告の使用者は同訴外人の経営する会社であつたようであるが、そのいずれであつたかは、原告の損害の算定については無関係である。)、本件事故の発生によつて前示のように負傷し、前示病院を退院してからも静養のため郷里に帰らなければならなくなつて、退院後間もなく昭和三六年一一月分の給与の支払いを受けて神林方を退職し、翌三七年一月下旬ころまで郷里で静養を続けたこと、本件事故が発生しなかつたならば、神林方を早急に退職する予定はなかつたことが認められるから、原告は、本件事故の発生によつて、少くとも昭和三六年一二月から翌三七年二月一五日までの間の一カ月金一一、〇〇〇円の割合による合計金二七、五〇〇円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙つたものといわなければならずこの認定に反する証拠はない。

3  原告は、本件事故の発生によつて前示のような傷害を受け入院生活を送り、退院後も昭和三六年一二月ころから、翌三七年二月ころまでの間患部に軟性のコルセツトを着用するなどして不自由な思いをしたことが認められるので、少なからざる精神的苦痛を味わつたことは明らかであり、幸いにも、原告の負傷は現在ほとんど全治していることを考慮に入れても、その慰藉料は、原告主張の金二万円を下るものではない。

五  ところで、道路を横断しようとする歩行者は、横断歩道又は信号機の表示等に従つて横断する場合の他は、車両の直前で横断してはならないことは、道路交通法第一三条の規定によつても明らかであり、また、歩行者は、左右の安全を確認して横断しなければならないことも事故の発生を防止するため歩行者に課せられた当然の義務といわなければならない。しかるに原告は、前示のように停車した自動車の直前を歩道に渡るべく横断し、しかも被告車と衝突するまでこれを認識しなかつたのであるから、左右の安全を確認しないまま被告車の進路前方を横断したものというべきである。この認定に反する甲第二号証の記載及び原告本人の供述部分は採用することができない。したがつて、本件事故の発生については、原告の過失もその一因となつていることは明らかであるから、これを斟酌して原告が本件事故の発生によつて受けた前示損害合計金一一七、五九〇円中、被告ら各自に賠償の責を負わせる範囲は、金八万円をもつて相当とする。

六  よつて、被告ら各自に対し右金八万円の損害賠償と、これに対する損害発生の日の後であること明らかな昭和三七年二月一七日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分についての本訴請求は正当であるが、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 羽 石   大

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